ファームデザインズ物語
Story of Farm Designs Vol.1

「もう少しで子牛の頭の後ろに手が回る・・・」自分の腕の太さを恨みつつ、肩のところまで子宮に突っ込んだ腕をさらに奥に入れようと試みる。
踏ん張りがきかない。-20℃近くまで冷え込んでいる今宵、コンクリートの床は凍ってつるつると滑る。
「あ、足、おさえて!」嫁さんに足を支えてもらって、何とか踏ん張ろうとするがうまくいかない。子牛の頭をまさぐる指がウニョウニョとむなしく子宮の中をまさぐる。「あ、あと少しなんだよなあ、くっそ~~!」もうあと数センチで頭の後ろに指が回る。
そしたらあっちゃ向いてホイしてしまってる子牛の頭を、正常な位置に戻せる。ほんの数センチ。その数センチがなんとしても届かない。足の位置を変え、体の向きを変え、右手を左手に変えてのたうち回るが、届かない。
数センチが遠い・・・。「お、除夜の鐘だ・・・」 途方に暮れて、腕を子宮に入れたままふと周りを見渡したとき 、心配そうに後ろでみている嫁さんの顔とともに、牛舎につけているラジオから、かすかに除夜の鐘の音が聞こえてきた。

「今年も終わるなあ、いろいろあったなあ・・・・・・・・なあんて言ってる場合じゃなあい!」
難産と格闘してはや30分が過ぎようとしていた。
外は-20℃。わかります? -20℃・・・・・。
氷屋さんとか冷凍倉庫屋さんが持ってる、人が中に入っていくような大きな冷凍庫あるよね。扉を開けたらうわーーーっと白い冷気が出てきて中は真っ白な氷の世界、ってやつ。あの冷凍庫の中がだいたい-20℃。
ははは、寒いです。本気で寒いです。いや、寒いを通り越して「痛い」です。外気に触れるホホがひりひりするほど「痛い」。空気を思いっきり吸い込むと、肺が「痛い」、そんな世界。ぬれタオルを持ってぐるぐる2,3回まわすと、あっという間に凍ってすっくと立ってしまう。うかつに金属にさわれない。張り付いて凍傷になってしまう。
立ちションをするときはトンカチを持って行く。たちまち凍ってチンチンに迫り来る氷柱をトンカチで崩しながらおしっこをしなければならない。
あ、これは嘘。
でも、空気中の水分が凍って細かい氷になり、空気中に漂う「ダイヤモンドダスト」現象は本当。太陽光に、あるいは月光に輝くその様は、すばらしい、の一言に尽きる風景。
残酷なほどの冷気を一時忘れて見惚れてしまう。そんな寒さ。

そんななか、難産の牛の助産をすることになった。1987年の大晦日。私たち夫婦が牧場を始めてから半年近くがたとうとしていた。
今日は大晦日だし、さっさと仕事を終わらせて家で紅白歌合戦でもみながら年越しを・・・。あれ?あの牛、尻尾あげてソワソワ?うろうろ? カレンダーをみる。
予定日は1月7日。
ありゃあ、1週間も早く陣痛がきちゃったのかい、キミ。どう見ても陣痛だなあ、あれは。ああ、暖かいこたつが。テレビを見ながらミカンを食べる幸福な大晦日が・・・・・。まあ、経産牛(1度お産を経験している牛)だし、ほっとけば自分で生んでくれるでしょ。
なああんて考えるときほど、事件が起きる。
すぐに分娩が始まるだろうと、乾草をたっぷり敷いたペンにいれてやる。母牛はしばらく不審そうにあちこちにおいをかぎまわり、ふかふかのわらのベッドを足でつんつんしてクッションを確認したり(結構うるさいお泊まり客だこと)したあげく、安心安全を確認したのかゆったりとわらの上に横たわる。すぐに陣痛が強くなる。
横たわると腹圧が上がり、子牛が出ようとする動きが強くなるためだ。夕方の搾乳作業が終わる頃には、生んでしまっているだろうと、母牛に任せて搾乳作業に専念する。
夕方6時。
搾乳を終わらせ、さあ、生まれた子牛は雄かな雌かな、と楽しみにしながら母牛の元へ。
あれ?まだ? 結構時間がかかるねえ。どれどれ? 陰部をのぞき込むと膜のようなものがたれている。ブフォーーブフォーーーと母牛は苦しそうな息を吐いている。「破水はしたんだねえ。何で出てこない?」
逆子だったらイヤだから一応手を突っ込んでみるか。(いやだねえ、「触診」って優雅にいえないかねえ・・・「手を突っ込む」だなんて、女性が聞いたらぶん殴られそうだ)
ー20℃だろうが何だろうが、ダウンジャケットを着たまま助産はできない。腕を肩までまくり上げなくてはならないから。
だから、えいや!っとパーカを脱ぎ捨て、薄着になる。
あまりの寒さに「うふふふふ」と声を出して笑い始める(しかたないじゃない。マイナス20度だよ・・・)。
「ここは度胸の男一匹ーーー」と本人も意味不明の演歌風の歌を叫びながらシャツ一枚になる。
嫁さんが「はいはい、わかったから、何でもいいから早く脱いではじめな」とあきれ顔で脱いだ服を受け取る。え?そんなこと言ってないって?(by、ヨメサン)
イヤ、言ってた!あの顔はそういってた!
感染を少しでも防ぐために肩まであるビニールの使い捨て手袋をはめる。その上から細かい作業もできるように手術用のラテックスゴムの手袋も。お湯に消毒液を加えたもので消毒し、あっという間に凍り始めようとする前に母牛の子宮内に挿入する。
牛の体温は平均39度程度。中はとっても暖かい。体は凍えるほど寒く、腕はぽかぽかと暖かい、変な感覚。お、足に触れる、そこまできてるじゃない。足の向きは正常だし、こりゃ逆子でもないなあ。産道はっと、うん、十分に開いてる。何でこれで生まれてこない?条件はそろって・・・る・・・・、
あれ? 子牛の頭は? 頭はどこへ? 子牛の頭は、いずこへ?
いやな予感。まさか、奇形?
・・・どひゃあああ。初めての遭遇、未知との遭遇、しかも頭なしの大胆不敵な奇形? ああ、なんてスプラッターな・・・・・・。
うん? これなんだ? これなあああんだ?
あ、耳だ。うん、きっと耳だ(自分に言い聞かせるように心で叫ぶ)。
耳の先には頭がある。あるに違いない!
ぐぐっと手を奥に入れる。
すると母牛も子牛が生まれようとしていると勘違いして陣痛がきつくなる。イタタタタタ! 母牛の体と子牛の骨格に挟まれて手が押しつぶされそうになる。ググッ、グイグイ、アイタタタタタ。
陣痛と陣痛の合間をぬって、耳の先へと手を推し進める。あった!あったぞお! 頭!
本来なら前足が2本そろって出てきて、頭はその上にちょんと乗っかるような形で産道を進んでくるのが正常なお産である。
でもこの子牛は何の拍子か頭だけコースから外れてしまったらしい。
頭だけ横に向き、足だけ産道に進んできたのだ。ただでさえ狭い産道。このままでは絶対に生まれない。
方法はただ一つ。
せっかく進んできてくれた子牛だけれど、いったん子宮の中に戻っていただいて、頭を引っ張り出してからあらためて産道へ同伴出勤してもらう必要がある(え?言葉が適切じゃない?)。
言葉で言うのは簡単だけれど、この「いったんお引き取りいただく」というのが尋常じゃない。いったん陣痛が始まったら、子牛を押し戻そうとすればするほど、より強い陣痛で押し出されてくる。
押し戻す、押し出される。
すごい力。母は偉大だ。たちまち汗が噴き出す。
さっきまで凍えそうだった体は、ほっかほか。おまけに産道に締め付けられた腕には血が通わなくなり、力がだんだん入らなくなる。母牛の体力の消耗もあるし、時間との戦いだ。押し戻した隙にささっと隙間をぬって頭を持とうとするのだけれど、ぬるぬるしているのでとらえどころがない。何度も何度も失敗する。
あと数センチ腕が長ければ、もっと腕が細ければとどくんだけどなあ・・・剣道で鍛えちゃったからなあ、この腕。ああ、太くて短いこの腕が憎らしい・・・・。
と、そのとき、意を決したように母牛が立ち上がったのです。
陣痛でお腹痛い真っ最中だろうに。むくつけき男がふっとい腕を突っ込んでいる最中だというのに!
おおっと、肩が脱臼する!
と慌てて母牛の動きに合わせて一緒に立ち上がる。
母牛も必死、こっちも必死。
なんて無茶なことをするの!と怒りかけたけど、ふと手の先に空間ができていることに気づく。おお! 立ち上がることによって腹圧が減り、重力によって子宮全体も下に下がったので子牛が自動的にひっこんだ。
おお! 母は偉大だ!
チャーーーーーーンス!この機会を逃すものか。ササッと子宮をまさぐり、子牛の頭をキャッチ。子牛の歯が子宮の内壁を傷つけないように、口を手のひらでカバーするように包み込んで手前に引っ張る。するっと頭がついてきた。やった!成功だ!ついにやったぞ! その直後母牛はふうっと息を吐くようにまた寝っ転がった。
だーーかーーらーー、あ、あぶないっちゅうに! 俺の肩が外れるって・・・・。
子牛は?せっかく頭を引っ張り出すことに成功したのに今の衝撃で元に戻ってないか?お、あったあった、頭がすぐそこに。足の上に乗るような形になってる!ようし、あとは簡単だ。普段通りに引っ張ればいいだけ。産道も十分広いからジャッキを使う必要もないだろう。
慎重に子牛の足にロープをかけ、嫁さんと二人でゆっくりと引っ張る。母牛も最後の一踏ん張り。足をピーンと突っ張り、いかにもつらそう。この辺は人間と同じ仕草をするなあ、と変なところに感心。
ベエエエエエエエエエっと最後の雄叫びを上げると、スルスルと子牛が出てきた。あまりに順調に出てきたので、力一杯引っ張ろうと構えていた自分は勢い余って尻餅をつく。その膝の上に、ぬるぬるべとべとの子牛がドンッと落ちてきた。すぐにへその緒が切れ、子牛が一息大きく息を吸う。
ん、んえエエエ、と弱々しい声をあげる。
やあ、キミかあ。キミだったのかあ。
大変だったぞお、キミを引っ張り出すのは。
無事生まれてきてよかったねえ。
初めまして、お父さんだよ。
こっちがお母さん。
あ、ほんとのお母さんはキミの後ろで首を投げ出して「でた~~~」ってなかんじでへたり込んでいる人だけど。
ほんと、よかったよかった。初めまして。よろしくね。
ベタベタもかまわず、膝の上のぬるぬるの子牛の頭を抱き包み、話しかけるお父さん。
ほっとした顔で子牛をのぞき込むお母さん。
あきれた顔でお父さんもみていたっけ。
ゴーン、ゴーンとラジオから聞こえていた除夜の鐘の音は、いつの間にか「あけましておめでとうございます」と大合唱へと変わっていた。ありゃりゃ。年が明けちまったよ、かあさん。汗でべとべと、粘液でぬるぬるになった顔を見合わせて、嫁さんと二人で苦笑い。
あらためて位をただし、二人向かい合って「あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく」
初めまして、ファームデザインズの海野と申します。
1987年夏、私たちは北海道の東に位置する浜中町というところで、離農された牧場を買い取り、夫婦二人で牧場を始めました。
私が26歳、嫁さんが23歳。長女1歳。
現代において自分たちの牧場を始められるというのは、なかなか希少な機会だと思います。私が中学生の頃に放映されていた「大草原の小さな家」というテレビ番組。ああいった世界を垣間見れるような機会が、現代に、そして自分に訪れようとは思ってもみませんでした。若かったんですねえ。
可能性が見えたときに、私は1も2もなくこの話に飛びつきました。北海道で牧場を始められる! その一言だけで若い血をたぎらせるのは十分ではないですか?! あれからはや21年がたとうとしています。1歳だった長女も22歳になり、牧場を始めてから生まれた長男も今年20歳。ありゃりゃという感じです。都会育ちの私たちがいかにしてあこがれの北海道で牧場を手に入れ、泣き笑いしながら形にしてきたか。
そして牧場内にレストランを始め、ファームデザインズという会社に育ててきたかなどを、これから綴っていきたいと思います。
今、日本の農業は大変な局面にたとうとしています。いままでも日本の農業の危機が叫ばれてきましたが、これからの大変さは今までのそれとは次元が違うものになるでしょう。根本から揺さぶられ、再構築されるに違いありません。また、そうならなければ日本の農業は壊滅してしまいかねない、とも思います。私たちの経験をお話しすることによって、もっといっぱい若い人たちが農業に参入してくるきっかけになってくれれば、そして従来の概念を覆すような新しい試みをどんどんやっていってくれれば、
日本の農業はきっと変わる。一番おもしろい職業になる。そう思います。
そんな難しいことを考えなくても、北海道の牧場での生活、そのものが素晴らしいライフスタイルです。絶対におすすめ。でも、現代の日本の牧場の現場ってどんなものか、都会では想像もつかないでしょう? 私たちも都会に住んでいるときはそうでしたもん。何となく漠然とした憧れがあるだけでした。
私たちの会社ファームデザインズは、
そんな北海道の牧場での生活を都会の人たちにも伝えたい。
都会に住んで仕事に追われていても、私たちの製品に触れたりお店に足を運んでくれれば一瞬にして北海道の牧場風景の中に入り込めるような、そんな存在になりたい。
そんな思いを込めて立ち上げました。今では浜中町の牧場内にある本店のほかに、釧路にもレストランの支店を設けています。レストランで一生懸命手作りしていたスイーツが次第に話題になり、全国の百貨店からお呼びがかかり、今では「北海道物産展」などにも積極的に参加しています。どこかでこれを読んでくださっているみなさんとお会いできればいいですね。
では、ファームデザインズ物語のはじまりはじまりです。

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